A 島原紀行〜幸福の伝道

 

三十冊、いや五十冊くらいあっただろうか。無造作にクレバを手に取った。鉄馬に跨り内燃機関に火を入れた。

三池港に向かい、鉄馬を置いて島原行きの待合室に入る。ここにもクレバが置いてある。思わず笑みを浮かべた。

先般、島原行きの高速船が存亡の危機にあるとの報道がされた。そういえばしばらく高速船には乗っていなかった。久しぶりに乗ってみよう。鉄道マニア垂涎モノと言われる島原鉄道にも乗ろう。乗り物が目的という旅を決断した。

出航の汽笛が鳴る。ゴーと低い音。船はゆっくりと方向転換し、舳先を内港航路へと向ける。スクリューが水しぶきを上げる。鉄馬のような凄い加速感。内燃機関サイコー。

船は波の上を跳ねるように走る。本日晴朗なれども波高し。油の匂いがするデッキに立っていると、グラついて倒れそうになる。

出航してしばらくは、四山周辺の工場群、グリーンランドの観覧車、長洲の門型クレーンなど有明海東岸の景色が見える。ほどなく、その雄姿は遠のいていく。

反対に西岸、島原の景色は近づいてくる。普賢岳、眉山、島原城・・・。小さな島々が見えてきた。島原港だ。幸せな五十分だった。

船を降りて島原外港駅に向かい、島道に乗る。一両だけのディーゼル車が動き出す。またしても叫ぶ。内燃機関サイコー。

車内で高校生くらいのカップルに声をかけた。

「このローカル線はいいね。島鉄は幸だの愛野だの吾妻だの、昭和の幸せの駅名ブームのときも取りざたされていたな。キミたちもまるで芹洋子が歌っていた『愛の国から幸福へ』だな。何、知らない?じゃあ歌ってやろう。

♪幸福行きを二枚下さ〜い 今度の汽車で 出発します・・・(フルコーラス歌う)♪

何だ、引いているのか。若いな。あと十年もすればオジさんと肩を組んで歌ってるぞ。

そうだ、今日、ここで出会った記念に、キミたちに情報誌を贈ろう。これはクレバといって対岸のまちの楽しい情報が満載だ。地元では幸福行きの切符と呼ばれているんだ。

しかも記念すべき55号。55号と言えば・・・コント・・・。まあいいか。これを見ながら対岸のまちを回ってみよう。必ず幸せになれるぞ。」

帰りの高速船に乗るときには、持っていったクレバは全てなくなっていた。

次の日、インターネットで島原のニュースを見た。

『昨日、怪しい中年男が島原港、島鉄沿線で目撃されました。幸せを説きながら冊子を手渡しているとのこと。ナイネンキカンサイコーなどと意味不明なことを叫んでいます。発見次第通報しましょう・・・』

世の中には不審な輩がいるもんだ。偶然にも、昨日は島原にいたな。会わなくてよかった。間違ってもうちのまちには来るんじゃないぞ。

浮世の空に念じつつ、望岳庵和尚はクレバを手に、鉄馬の内燃機関を始動させるのであった。

【有明地域生活情報誌 クレバ56号(2014.01.20発行)掲載】

 

参考ページ『島原航路のこと』へ

 



三池港航路先端の灯台をバックに

有明海から見る島原城

 

 


 

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