島原航路のこと

D 島原航路の遺構

 


内港南岸壁に残る島原行き渡船場の遺構(平成26年)

久しぶりに島原航路の旧渡船場に行ってみた。

三池港の内港、南岸壁、昔の四山社宅側の岸壁である。

何と、桟橋の一部がまだ残っていた。Bの昭和32年の写真に見られる浮き桟橋はもうないが、コンクリートの橋脚と鉄骨の部材があった。

正面向かって左側に改札所が設けられていて、記憶にはないが、道路を挟んで南側(炭鉱の鉄道の北手前)に待合所があった時代もあると聞いた。

昭和50年代の後半、三井の私港として整備された三池港を地域振興の拠点として再整備しようという機運が盛り上がっていた。5万トン級の船舶の入港を可能とし、14のバースを持つ港として整備、さらに長崎県(島原市が有力候補と言われていた)との間でフェリーを就航させ、関西、関東との物流ルートを確立するという構想が練られていた。

結果的にはこの構想は実現しなかったのだが、三池港の再整備の一環として、平成元年、島原行きの渡船場はbTバースの南隣の現在地、三池ポートサービスが運航していた三池港の遊覧船乗場に移転することになる。

現在、島原行きの乗り場に「遊覧船発着場」と刻まれた擬木のゲートがあるのは、三池ポート時代の名残である。

切符販売所、待合室は旧博多検疫所三池出張所の建物を使っている。建築時期は不明(戦後に間違いない。昭和40年代には既にあった)であるが、木造寄棟の趣のある建物である。

 


『遊覧船発着場』のゲート。旧検疫所の建物は洋風屋根、モルタル壁に改装されている。


島原行きの待合所。島原外港のターミナルビルと異なり大変質素である。

 

 

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