見聞録

 

#090 リンゴ牛乳の存続を!

48回目の誕生日を迎えた1012日の朝、大牟田のまちに激震が走った。地方紙の朝刊にオーム乳業が市販の牛乳、乳飲料の生産を12月末で取り止めるという記事が掲載された。オーム乳業の市販の牛乳は、最近では、雪印、明治の牛乳に価格競争で押されている。スーパーに行っても10円から20円高い。4月に不二製油(大阪)の子会社となり、今後は生クリームと業務用チーズに特化していくそうだ。

現在、オーム牛乳の市販品は、オーソドックスなオーム牛乳、大蛇山牛乳、そしてオームリンゴ(通称「リンゴ牛乳」。牛乳、乳飲料、調整牛乳、加工乳など食品の表示が厳格化され、「リンゴ牛乳」とは呼べなくなり「オームリンゴ」と言わなければならなくなったそうだ。しかし我々の世代は「リンゴ牛乳」である。いまだに「NTT」を「電電公社」と言っているように思われるだろうが、有明望嶽庵では「これでいいのだ」である。)。学校給食用と宅配用の牛乳の生産は続けるそうだが、市販品はすべて生産中止、リンゴ牛乳もなくなるそうだ。これは厳しい・・・。オーム乳業も「当社のレシピどおりに作ってくれる会社を探している」とのことだが、今のところ存続の目処は立っていない模様。

幼少の頃、大牟田ではオーム牛乳が圧倒的なシェアを誇っていた。明治、森永、雪印などの牛乳もあったが、牛乳といえば断然「オーム」。当時、すべての国民が松屋や大蛇山を知っていると思っており、牛乳ビンにはオームマーク(画像参照。見聞録#013の画像から引用)がなきゃ邪道、オーム牛乳は国民的な牛乳と信じていた。昭和40年代の主力は「白牛乳」「コーヒー牛乳」「リンゴ牛乳」の三本で、コーヒー牛乳とリンゴ牛乳は白牛乳より5円くらい高かったと思う。親からは、「コーヒーやリンゴは飲むな!白牛乳を飲め!」と言われていたのは、この5円のせいではないかと邪推していた。リンゴ牛乳は憧れであった。その後・・・昭和50年代になってからではないかと思うが・・・「サワードリンク」という乳酸飲料が加わり、高校の自動販売機で初めて味わった。市販品のバリエーションは増えたが、ファンの多いリンゴ牛乳は、不動の地位に君臨していた。

さて、今日、市内のスーパーを2箇所回ってきたが、オーム乳業の3つの市販品はほぼ売り切れ、リンゴ牛乳は完売であった。もう飲めないと危機感を抱いた大牟田市民がわれ先にと買い求めたようだ。しかし、牛乳は買いだめができるものではない。大牟田の名産ともいえるリンゴ牛乳の生産だけでも何とか続けられないだろうか。白牛乳が給食で残るのでれば、リンゴ牛乳も、郷土学習を兼ねて、給食用として残すという道はないのだろうか。

我が家では1月に1本くらいリンゴ牛乳を購入していたと思う。消費者として週に1本必ず買うので、是非とも存続をお願いしたい。【121013

 

 

 


#089高潮警報発令〜三池港船渠・嵐の景

台風16号が長崎沖を通って朝鮮半島に抜けた。大牟田地方では、雨量はそれほどでもなかったが強風が吹いた。917日午前332分、大牟田市に高潮警報が発令された。当日は大潮、満潮の時刻の午前958分は台風が最も接近する時刻であった。

警報どおり潮位は上がり、有明海沿岸道路の三池港インターチェンジの取付道路付近は冠水し、三池港I.C.・大牟田I.C.間は950分頃から1時間ほど通行止めとなった。

午前11時頃、強風が吹く中、県境付近に出かけなければならない用があったので、三池港に寄ってみた。満潮から1時間たっていたが、船渠の潮位は護岸から数十センチ、普段は穏やかな船渠の水面は波が立っていて、時おりしぶきが陸まで上がっていた。満潮の時間にいた人によると、わずかだが、潮が護岸を越えてきたとのこと。船渠は内港のさらに内側で、普段の水面は大変穏やかである。それゆえ、台風接近時には船舶の避難所となっており、年に数回、さながら近海のフェリーの展示場となる。避難してきた船舶が陸に打ち上げられることはないだろうが、今回は陸地とほぼ同じレベルで船が揺れ動く、奇妙な光景だった。

最近は九州が亜熱帯化しているのか、台風の威力が増しているように思えある。とりあえず、陸にも海にも大きな被害がなく安心した。

写真をクリックすると917日の三池港船渠の様子が見れます120920

 

 

 


#088 甲子園2012

今年の全国高校野球選手権大会は、18年ぶりの出場となった熊本県代表の済々黌を応援している。813日、大会6日目を見に行った。この日は済々黌はじめ、優勝候補、名門校の試合が組まれていた。第1試合は、九州チャンピオンの神村学園と8年連続出場、夏2回・春1回の優勝経験のある智辯学園和歌山。第2試合は、春夏連続出場、四国の強豪・鳴門と古豪・済々黌。第3試合は、昨春の選抜で優勝、春季近畿大会を制覇し、今大会の優勝候補bPの大阪桐蔭と激戦区・千葉を勝ち抜いてきた木更津総合。第4試合は、伝統校中の伝統校・県立岐阜商とドカベンのモデルにもなった名門・新潟明訓。

甲子園は満員御礼、果たして、いずれもいい試合だった。

選手権は夏に1回も負けていないチームが全国から集まる。地方大会は、最高で8回(最低は4回)勝たなければ突破できない。勝つために高校野球もプロ化していることは否めないが、そのような中で、済々黌のような公立高校が出てくることは喜ばしい。全国の高校球児の代表による熱戦に期待する。

写真をクリックすると第94回全国高校野球選手権大会6日目の様子が見れます120814

 

 

 


#087 荒尾二造展

大牟田市立三池カルタ・歴史資料館で『平和展〜戦中の生活と荒尾二造』と題し、企画展が開催されている。荒尾では、荒尾二造変電所跡等をいかす市民の会の皆さんにより、二造施設の保存活動が繰り広げられているが、まだまだ周知されているとは言い難い。

二造(東京第二陸軍造兵廠荒尾製造所)については大変興味を持っているが、軍事機密であったため現存する資料が乏しい。企画展でどのくらい資料が展示されているか楽しみだった。

果たして、資料収集はよく頑張ったと思う。資料は終戦とともに組織的に焼却されたが、今回展示されている個人所有の資料でも、当時の様子、我が国の技術力の高さを伺い知ることができる。展示場のほんの一部のコーナーではあるが、興味がある人には十分楽しめると思う。

去る6月29日の熊本日日新聞には、荒尾市が変電所跡の保存を決めた模様、という報道がされていた。二造関連施設の保存の動向にも注目していきたい。

画像をクリックすると二造展の様子とパンフレットが見れます120707

 

 

 


#086 CB750二十周年記念車検

我が愛車、CB750が20周年を迎えた。1992年の発売開始後、すぐに購入(と言っても2ヶ月待ちだったが)したので、RC42型CB750の生誕20周年でもあり、小生が乗り始めてから20周年でもある。購入時は27歳、独身だった。走行距離メーターは1年目で1万q、2年目で1万8千km、3年目で2万4千q、…現在4万3千q。ここ数年は、年間5百kmも走っていない。

ナナハンが公道を走るためには、250ccを超えるオートバイの義務である2年間ごとの車検という関所を潜らなければならない。購入以来、全ての車検を『ユーザー車検』で通してきた。しかし、20年という時の流れの中で、オートバイがくたびれていくとともに、検査の機械もハイテク化しシビアな結果を出してくる。今回は、フロントのディスクブレーキの戻りが悪く、1回目の検査ではねられた。家で点検したときもこの症状はわかっていて、ピストンのスラッジを落とし、清掃していたのだが、検査本番で再発した。大急ぎで洗浄し、検査場の周りを走って点検し、2回目を受検、何とか合格した。本格的にオーバーホールしなければならないことを感じた車検であった。

ともあれ、CBに乗って20年。爆発的にヒットはしなかったが、いいオートバイである。まだしばらくは、このオートバイに乗るつもりである。

画像をクリックすると車検を受けた久留米自動車検査登録事務所が見れます120414

 

 

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