(1) 大牟田の煙突(その1)

 

** 浅牟田・大浦工場群 **

 

* 旧三池炭鉱宮浦坑

まずは、ポピュラーな宮浦石炭公園の重要文化財の煉瓦煙突。

旧宮浦坑の煙突で、三池炭鉱が三井経営になる以前、官営時代の明治21年(1888年)に造られました。平成7年(1995年)、保存のために改修工事が行われました。現在の煙突は内筒と外筒という2層構造になっていますが、この頃の煙突は煉瓦だけで構造体を形成していました。外観からはわかりませんが、改修工事では煙突の中から補強が施されました。このての改修工事では、どんなに古いメイクアップをしても新しくなり過ぎることが悩みの種ですが。あと50年もすればまたいい味を出すと思います。

三池炭鉱(大牟田・荒尾地区)には、竪坑櫓の巻上機などの施設が蒸気を動力としていたためたくさんの煉瓦煙突がありました。しかし、坑外の発電施設が整備され、動力が電気に代わってからは煙突は必要でなくなりました。

宮浦坑の煙突は、幸いなことに宮浦坑の採炭が終了した後も管理されましたが、重要文化財となった宮原坑や万田坑の煙突は早々と解体されてしまいました。

田川にも明治41年(1908年)建造のツインの煉瓦煙突(高さ45.45m)が残っていて、そちらも重要文化財になっていますが、古い分だけ宮浦坑煙突は背丈も低く(高さ31.2m)、それでいて風格を漂わせています。

 

* 三井化学大牟田工場

紅白に塗られた煙突は、大牟田市中心部の工場群のシンボルとなっています。

高いほうは4号ボイラーの煙突で円筒鉄筋コンクリート造自立型、高さ112m、昭和46年(1971年)の建設です。

低いほうは鉄塔支持型鋼製で65mです。

平成13年(2001年)に超微粒子まで除去できる電気集塵機が設置されました。それ以降、晴天の日は煙が出た直後に水蒸気になって見えなくなり、煙が長くたなびくことがなくなりました。

確かに煙が長さは、気象条件などで異なっているようで、注意して見ているとよくわかります。

少し前までは、大浦の工場群の中を通る道は、硫黄のような匂いがキツかったのですが、今はほぼ無臭。これは煙突の効果だけでなく、企業が熱心に環境問題に取り組まれた結果と思います。

 

 

 

幼少の頃、夜、宮浦坑付近から東圧、コークス、化学の工場のほうを見ると、煙突の先から赤い炎が出ているように見えていました。

不思議なことに、昼間見ると煙が上がっているだけで炎は見えませんでした。

いつも不思議に思っていたが、煙突直下には炉(巷の会話では、C炉だのG炉だの耳にしていた。)があって炎が吐出し口の付近まで上っていたのではないかと思います。

現在、その現象が見られるのは旧東圧付近にあるトラス鉄塔構造の1本だげとなってしまいました。(宮浦石炭公園から200m南に下ったところで工場群のほうを向けば見られます。)大浦工場群の名物と思います。

 

 

写真左はOB門と呼ばれる方角の工場敷地にある鋼製自立型の煙突です。煙突本体はライニング構造になっていると思われます。

通町・瓦町方面から見ると、この煙突も結構な煙を出しているのがわかります。(白い煙なので、見た目に不快感はありません)

写真右は石炭風呂などでよく見られた笠付きの煙突です。

写真ではスケール感はありませんが、笠付きにしては結構な大きさだと思います。

 

 

* 三井金属三池事業所

三井化学の4号ボイラー煙突を除き、中心部の工場群では、外から確認できる円筒鉄筋コンクリート造自立型の煙突はこれ一本となってしまいました。

東泉橋やゆめタウンからその勇姿を見ることができます。

そんなに高くはありませんがが、浅牟田・大浦地区では最も趣がある煙突です。コンクリート素地もあまり痛んでいないように見えます。

煙が出ているところを見たことはありませんので、現役を退いているのかもしれません。

ちなみに三池事業所正門左にある洋風の木造事務所もグッドデザインです。

 

 

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